これまで不妊治療を決意して、妊娠するまでの私の体験をお伝えさえていただいてきました。
スムーズに妊娠できず、山あり谷ありでしたが、
治療をスタートしてから1年7ヶ月の期間を経て妊娠する事ができました。
今まで、何人もの方が言われているのを聞いて、憧れていた言葉。
クリニックの院長先生の口からの『おめでとうございます。』という一言を、
ようやく私もかけてもらいました。
しかし、実際のところ私も主人も全く浮かれませんでした。
今まで何度もなんども、うまくいかなかった。
あれもこれもうまくいかなかった。
そんな日々を続けてきた私達は、
『どうせまた、出産までいかないんじゃないか。流産してしまうんじゃないか。』
と、心のどこかで思っていました。
そう思わないと、もし出産までたどりつかなかった時、今度は本当に立ち直れないから。
実際、主人は私が安定期に入っても子供用品を買おうとしませんでした。
『もしダメだった時に・・・』
はっきりとそう言っていました。
主人も、私と同じ思いだったのだと感じていますし、そのことを責める気もありません。
そんな落ち着いたマタニティライフでしたが、無事に元気な息子が誕生しました。
正直、楽しい事なんてありませんでしたし、辛い事、泣きたい事ばかりでした。
それでも出産して思う事は、『やっぱり不妊治療をやって良かった』という事です。
今後の『子供ができた時の未来』と、『子供がいない場合の未来』の二通りで考えて日々過ごせたこと。
夫婦で沢山たくさん話し合えた事。
親身になってくれた友人達の大切さを改めて気付けたこと。
この全ての出来事は私にとって宝物です。
出産後、ほんのたまにですが、主人に息子を預けた自由時間があります。
この時、不妊治療をしていた時の自分が毎回クリニックや、
妊娠する事を中心だけに生活をし、全くうまくいかなくて、
でも自分の自由時間だけはたくさんあって、
どうやって今日一日を頑張って乗り切ろうか、
どうやって気持ちを奮い立たせようか。
そんな事ばかりを考えながら過ごしていた、
あの時の何とも言えない辛い記憶を思い出しては、ほんの少しだけ、苦しい気持ちになります。
だけど、今でも間違いなく思う事があります。
『頑張る事はやっぱり悪い事ではない。』と言う事。
・『妊活』と言うレールに乗り、夫と一緒に頑張って全力で走った事。
・友人達の『とにかく頑張ってacoの中でのゴールを目指せ』の声援が本当に嬉しかった事。
・そして、頑張った中で夢を叶えた事。
もし、子供ができなかったとしても一生懸命走りさえすれば、
自分の中では十分納得ができたはずだと、心から思えます。
そして・・・
出産した今だからこそ言えますが、
すぐ近くに住んでいる私の実の母は、
不妊治療に最初から大反対でした。
『きちんと墓参りすれば子供なんてできるんだ。』
と言い、
母は、体外受精=「試験管ベイビー」のような印象を当時持っていたと思います。
不妊治療中、些細な言葉に傷ついた事もありましたが、
この実母からの言葉は猛烈に心に突き刺さり、
それから約一年間、目と鼻の先に住んでいるにもかかわらず、
私は母に会いに行く事ができなくなりました。
当時の私は、タイミング法の4回が全て撃沈。
体外受精に移行する準備を始めていました。
タイミング法は、毎回100%確実な日に行うものなので、
それこそタイミングが合えば妊娠できる。
『妊娠できたかな?』と期待しつつも、
4回も「ドキドキ⇒撃沈」を繰り返した末に、妊娠出来ずにいまいた。
そのドキドキの間も着床を助けるため、
注射を打つ等、妊娠準備を整えているので、
そういうことをしつつもダメだった、が4回も続く
とさすがに精神的にも疲弊をしてきます。
しかし、『子供を授かる』という目標に向かい走り始めているので頑張るしかない。
そんな時に、夫とはまた別の立場で一番の理解者である母に
『説明をしても分かってもらえない、説明も聞いてもらえる感じではない。』
という状況は、本当にショックで涙が止まりませんでした。
だからと言って、不妊治療をやめるわけにはいかない。
そして、母の言う通り、お墓参りだけには本当に通いました。月に一度(笑)。きちんと通いました。
母に会ったところで、
『ごめんね、お墓参りをちゃんとするから、体外受精なんてやめるよ。』
なんて絶対に言えなかったし、言いたくもなかった。
その時にはもうすでに、院長先生からの説明を聞いて、
当時の私の妊娠率がどれだけ低いかという事を知っていただけに、「妊娠するまでは母に会いに行けない」と思いました。
その間、母のもとに通い、不妊治療についてイチから何度もなんども説明をしてくれた主人と、
そして、母の周りにいる方々が治療の末、出産されたと言う現実を連続して目の当たりにした事で、母の考えも変わったようです。
今では、私の時にはここまでしてくれたかな?と思う程(笑)、孫を思い切り可愛がってくれています。
もともと、仲良し親子だったので今では全くわだかまりはなくなりました。
勝気な母親も、現代の子供ができない夫婦の現実を目の当たりにした事でだいぶ納得したようです。
『それが当たり前ではないけれど、手段として、体外受精をしなければいけない夫婦もいる』
とまで理解してくれるようになっています。
出産してから、1年。
我が子の一歳の誕生日を迎える事ができました。
もし、今後の不安がないかというと全くないわけではありません。
例えば、ホルモン補充など色々な薬漬けの状態が続いたために乳がんの確率が上がる。など。
そのため、第一子出産後もすぐに人間ドッグを受けました。
そして現在。
少ない成功率でもあきらめずに、家族三人で力を合わせて二人目妊活に入っています。
aco(あこ)さん
短大卒業後、幼稚園教諭、チャイルドマインダーと乳児、幼児に8年間かかわる。
その後、大の美容好きが高じて美容業界へ転職し、化粧品メーカーの営業を行う。
2011年結婚を機に退職し、妊活に専念。
不妊治療と並行して、子供がいない人生についても考えており、趣味の料理やテーブルコーディネートを深めるためにフードコーディネータースクールに通う。
2014年12月男児出産。現在育児とのバランスを見つつ、子連れ参加可能の料理教室やアルバム作りのお手伝い(アルバムカフェ)を開催している。
<不妊治療の経緯>
2011年2月 結婚(35歳)
◆2012年4月 自然妊娠後、初期流産
◆2012年10月~2013年3月 病院指導のタイミング法4回
◆2013年4月 体外受精スタート
◆2013年12月 腹腔鏡手術で多嚢胞性卵巣を一時的に治す
◆2014年1月 治療再開
◆2014年3月 体外受精(採卵)
◆2014年4月 移植
◆2014年5月 妊娠判明
◆2014年12月 出産(39歳)