繰り返しの日常の中で。

毎日の繰り返し。

淡々と繰り返す日々。

そこで何を感じ、何を受け取り、発信しているのか。

 

子供の頃に親から言われたことが、そのまま残っていることが多い。

今日のことは今日中に終わりにすること。

0時までに寝る。
0時までに帰る。

日の出とともに起き、日没と共に帰ろう。

まぁ、日没からお出かけすることも多々あるけど。

私は、今 幸せだ。

この幸せに感謝して生きているからこそ、子供にもそれを与えられたらと願う。

幼少期の今、愛情で包む。

愛情は、褒めるコト、叱ること、嗜めること、躾けること、尊重すること。

育児をしながら、自分の成長を辿る。

どう育てられてきたのか。
どういうメッセージが送られていたのか。

親になってみて、初めて気付く事ばかり。
それまでは、想像すらしなかった。
子供だったから。

今は、両親の子供であることには変わらないが、私自身が親になっている。

年齢を重ねることが、

こんなに面白く愉しいことなのに、若さばかり重視されるなんて勿体ない。

ある人が言っていた。

「大人がカッコ良くないと、子供がガッカリするだろ。」と。

それは、男性のセリフだったけど、女性の私もそう思う。

カッコいいって何?

そこも、大切な部分。

 

IMG_0136_2

前田カオリコ

エッセイスト・話し方プロデューサー

1976年生まれ 新宿区在住
2児の母

新宿区発のママ*サークル「ブルーミング・マム」代表
新宿区子ども・子育て会議 区民委員
2016年度 新宿子育てメッセ 実行委員長
昭和女子大学 社会人メンター
小学校英語指導者資格

 

 

 


言葉遣いは、相手との距離や関係性が見えるもの。

0052

 

「敬語が使えない」ことと「敬語を使わない」は、全く違う。

どの人ともフラットに接したいから、と敬語を意図して使わない人もいるかと思う。

それはその人のポリシーになるので、色々言わないこととして、と。

敬語に限らず、相手を尊重する気持ちや、感謝の気持ちを伝えたい時に、適切な言葉や表現を用いられると、自分の中のモヤモヤが少なくなる。

「使えない。」というのは、知識がないので教育が必要になります。

「使わない。」というのは、戦略が入ってくるので時と場合で使い分けることですね。

 

さて、
「英語がもっと上手に話せたら、今の感動を言葉で伝えられたのに。」という人も多い。

日本語も同じで「日本語の知識がもっとあったら、(または、表現方法のバリエーションがあったら)相手にもっと自分の感動を届けられるに。」ということと同義になる。

 

尖った気持ちのまま、言葉を発すれば、尖ったまま空気が振動して、相手に刺さる。

柔らかな気持ちで言葉を紡げば、ふわっとしたままの空気と一緒に相手に届く。

音は、空気を振動させて周りに響く。声も同じ。
発する言葉は、内容と人柄が一致していないと相手には届かない場合が多い。

話し方は、その人を現すインフォメーション。
情報が沢山詰まっているのです。

だから、会えば分かる。
空気感、話し方、選ぶ言葉、語尾の口調、姿勢、目線、歩く速度、珈琲の飲み方、などなど。

与えたい印象の人になるには、具体的にそういう人の細部まで真似してみるといいかもしれない。

続きは、また。

 

魅話力®
話し方プロデューサー
前田カオリコ

0052

 

 

 

 

 


*エッセイ*活字との出逢い

そもそも、私が読書家になったのは実兄の影響だった。

20年前、
父親がうっかり購入した(バブル期の余韻)百合ケ丘のマンションに、
兄と入れ替わりで住むことになった大学1年の春。気ままな一人暮らし。

家具が全て残った状態で引き継ぐことになり、インテリアは兄仕様。
ロフト付きの1LDKの部屋の壁棚には、ぎっしりと詰まった本の数々。

それを全部読んだ。
200冊くらいだったと思う。

目的が持てないと、無為に過ごしがちな学生時代。
読書の習慣が身についた私は、言葉やコミュニケーションに興味を抱く。

「人が好きだから。」と、理由にするには不十分な志望動機を掲げながらも、全国行脚してアナウンサー受験をした。

拾われるようにして喋りの仕事に就いた私に、スタジオの中で・現場で・プレビューをしながら・・あらゆるシーンで言葉のプロ(アナウンサー陣)や、番組・イベント作りのプロが指導をしてくれた。
伝え手である存在意義を、何も考えていない(そこに考えが及ばない程、あんぽんたんな状態)当時の私に、本当に根気よく教えてくれたのだ。

アナウンサーのボキャブラリーは小説家には敵わないが、本を沢山読みなさい。
活字を読み、アナタの身体(目・感性)というフィルターを通して、アナタの声で伝えなさい。

見たこと・感じたことを、体験していない人に言葉でイメージ出来るように伝えなさい、と。そして、誰もが分かる言葉を選ぶこと。

聞き手が理解して、初めて「伝わる」のだから。

得手不得手はあるけれど、スマートに話すことより、
何を伝えたいかという情熱がある人の言葉に人は心を動かされる。

「言霊」とは、そういうこと。

言葉の遣い方で、その人が分かる。
句読点の打ち方で、その人のリズムが分かる。

 

マッサージや食事で身体を整えるように、言葉でその人のココロと身体を整える。
私は、その人の身体に触れないけれど、ココロに触れてエネルギーを整える。

そういうことを、業(なりわい)としている。
そして、これを天職だと信じて疑わない能天気な幸せ者である。

 

どんなにITが発展したとしても、紙媒体で活字を読むことは決してなくならない。
それが、脳に及ぼす効果は計り知れないものだから。

 

いつも傍らに、本を携えて。

 

前田カオリコ

エッセイスト・話し方プロデューサー

1976年生まれ 新宿区在住
2児の母

新宿区発のママ*サークル「ブルーミング・マム」代表
新宿区子ども・子育て会議 区民委員
2016年度 新宿子育てメッセ 実行委員長
昭和女子大学 社会人メンター
小学校英語指導者資格

 

10407904_881251161897882_5387257052498174924_n

 

 

 


9年と39年の積み重ねに想う

139178_18[1]

 

赤ちゃんの頃は、あんなに激しく人見知りでママ以外の人を寄せ付けなかったのに。

今は、となりで夏休みの宿題としてお裁縫をしている。

子どもは変化する。人は成長する。

こんな子じゃなかったけど、今はこうだ。と成長を見ている。
見ていられるのに、見ないなんて勿体ないではないか。

 

その子の成長を喜び、見守る。

 

言葉にすると容易い(たやすい)ことのように響くけれど、ちっともそんなことはなく。

机上の理論や学びをしてきているからこそ、その難しさも同時に痛感するし、自分の未熟さを突きつけられるのだが。

 

それでも、となりで娘の好きなお裁縫(この娘はモノ作りが好きらしい)に付き合いながら、好きなことに真剣な眼差しを見守る。(私は、苦手なので)

同じクリエイティブなことでも、私はイメージ型。
娘は実際に生み出す手を持つのだろう。

(まるでティンカーベル♫ はい、親バカです 笑)

私は、子どもを産んで視野が広がった。
私の場合は、そうだった。

生まれて39年が過ぎ、子(人)を産んでから9年が過ぎた。

豊かさとは何でしょう。
心の豊かさと、それに見合う収入と、生き甲斐と。
バランスを取りながら、上を向いたスパイラルを描いて。

夏休みの本番はこれから。
ゆっくり、我が子達と向き合っていきたいと思う。

 

前田カオリコ

 


母親のたわごと*「足を閉じなさい」

11292865_931724673517197_1557288251_n

母親に言われた言葉の数々。

小学校高学年くらいからだったろうか。

テレビを見ている時に、「足を閉じなさい。」と。

 

「は?いいじゃん。別に。」と反抗期だったように思う。

母親になり、同じことを娘に言っている自分がいる。

続きを読む


1 39 40 41 42 43