ADHD(発達障害)の疑い

来年度(平成28年度)から、「まなびの教室」が始まる。

新宿区立のすべての小学校に開設される制度だ。

なんとなく気になっていた息子の個性。

資料を読めば読む程、興味を抱いた。

対象者:
知的発達に遅れがなく、通常の学級での学習におおむね参加出来るが、次のような様子がみられ、特別な指導を必要とする児童。

その項目の1つに釘付けになる。
*「読む」「書く」「聞く」「話す」「計算する」「推論する」といった能力のうち、特定のものの学習に困難が生じる。

小1になり、ひらがな▶︎カタカナ▶︎漢字・・と毎日のようにドリルの宿題が出る。
一緒に見ていても、形が悪い。

だんだんと漢字が難しくなり、書き順を無視する。
これでいいんだ!と本人の主張。書ければいいだろっ。と言わんばかりに。

憂いているだけでは、始まらぬ。

 

タイミングよく「こどもの育ちと学びの講演会」を区が主催していたので参加。
(東京学芸大学 名誉教授 上野一彦氏 講演)

その資料の一部を見た時、私の中の疑惑が確信に。

 

<ADHD をもつ生徒の力(abilities)>

・想像力がある
・よく気がつく
・自己主張が出来る
・決断力がある
・エネルギッシュ
・おもしろい
・気軽
・いつも考えている
・思いやりがある
・なかなかの役者
・熱中力

※ADHD・・注意欠如/多動性障害 のこと

 

その夜、夫に話すと・・

「あははは、全部当てはまるね。」
「でしょ! ちょうどね、昨日、スクールカウンセラーに相談出来るようにお願いしてきたの。」

そう、実はその前日に保護者面談があり、担任の先生に相談していた。
スクールカウンセラーの存在が急に近く感じた。

 

私は、彼の個性が大好きだ。
だからこそ、適切な指導を受けさせてあげられる環境を整えたい。
小学校3年生までの対応がとても大切だとも言っていた。

きっと、私もADHDだと思う。
子どもの頃に、このような制度がなかっただけで。
そして、父も母も兄も弟もきっと何らかの特徴を持っている。
ただ、テストしてないだけだ。

そんなみんなが大好きだからこそ、
そのエッジの利いた個性を持つ人達に囲まれて育った私は、
息子の個性をより開花させられるようサポートしたい。

 

無知でいることは時として残酷だし、責任の放棄にもつながると思っている。
知った上でどのように対処していくのかも、保護者の責任なのだ 。

 

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前田カオリコ

エッセイスト・話し方プロデューサー

1976年生まれ 新宿区在住
2児の母

新宿区発のママ*サークル「ブルーミング・マム」代表
新宿区子ども・子育て会議委員
2016年度 新宿子育てメッセ 実行委員長
昭和女子大学 社会人メンター
小学校英語指導者資格
日本メンタルヘルス協会 公認心理カウンセラー

『魅話力®』検定 作成中

 

 


ママ歴10年になりました。

「ママのところに生まれて来てくれてありがとう。」と、
これまでに何回 伝えているだろう。

私をママにしてくれてありがとう。といつも思う。
母親になり、ぐわっと視野が広がった。

 

自分中心に回っていた時間軸。
気の向くまま、思うままに生きていた。

 

10年前、夜中の0時に「ズシン」と下腹部に衝撃が走った。
初めてなのに「陣痛だ!」と分かった。

グリグリと身体が引き裂かれそうな感覚と、
骨盤に向かって杵で何度も打突かれるような痛さ。

 

獣(けもの)と化した自分に、「あぁ、なんて動物的なんだろう。」と振り返る。

 

29歳で人間の赤ちゃんを産んだ。自分の身体の中から、命が誕生したのだ。
ものすごいことだ。

人を1人産んだ。(しつこい)

 

あれから、10年。

最初の5年は武者修行のようだった。

二人目は、3年後に出産。
私1人だけの、3歳児、0歳児の寝かしつけは困難を極めた。

泣き叫ぶ二人の我が子。
「このまま絶叫し続けて脳の血管が切れたらどうしよう。」と本気で考えた夜が幾度あったことだろう。

「癇癪を起すと手がつけられなくなる娘にどう対処すればいいのだろう。」
何か憑いているのかと本気で悩むことも。お祓いに行けば良かったのか・・、など。

 

振り返れば懐かしさでいっぱいだけど、今は今で子ども達と向き合い、学びの連続。

未熟だった私は、この子達に鍛えてもらった。
私をママにしてくれてありがとう。

お陰で、知らなかった分野に興味を抱き、関わる機会のなかった人達と出逢い、刺激を、優しさを、心の豊かさを知り、毎日を飽くる事なく重ねている。

これからも、アナタ達の笑顔が見たくて、ママは今日も側にいるから。

 

この子達の人生が、この子達らしく拓けるように。

ママはママの人生を生きるように。
家族との時間を、自分との時間を。

 

これからも続く母としての私と、この先10年の成長を。
成人する姿を想像しながら。

 

産まれて来てくれて、ありがとう。
今日も笑顔をありがとう。
おはようも、おやすみも、行って来ますも、ただいまも。

何気ない日常の繰り返しの中で。

感謝しきれぬ程の倖せと喜びを。

愛するということは、こういうことなのだと知った。
そんなママ暦10年のわたし。

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前田カオリコ

エッセイスト・話し方プロデューサー

1976年生まれ 新宿区在住
2児の母

新宿区発のママ*サークル「ブルーミング・マム」代表
新宿区子ども・子育て会議委員
2016年度 新宿子育てメッセ 実行委員長
昭和女子大学 社会人メンター
小学校英語指導者資格
『魅話力®』検定 作成中

 

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「理念」が成長すると・・・

個人で始めた「ブルーミング・マム」は、「新宿区発のママ*サークル」という団体になって丸2年になる。

団体ということは、もう個人活動ではないのだ。

自分で勝手に決めて、やりたいようにやっていた頃とは違い、情報共有をし、相談し、暴走を止めてもらいながら、感謝する以外に言葉が見つからない。

「全てはママの笑顔から」という理念を掲げ、私の想いに共感してくれた人達が一緒に活動をしてくれたり、協力してくれるようになった。

 

カオリコが考えていることに添って活動しているのではなく
理念に共感して、その中でそれぞれがその理念を理解して一緒に進んでくれている。

私はあくまでも代表であり、全てを決めるという部分から手を引く時になった。
一緒に活動してくれる仲間が納得するように、自分達でルールを作る。
それが、長く組織として存在出来る秘訣だと思う。

「私の気分で振り回してはならぬ。」という当たり前のことに気付いて。

 

「カオリコがどう思うか?」ではなく、「サークルとしてどう在るのか。」になっていることに深い感動を覚える。
手が離れて「理念」の元に組織が成長していく。

ゼロからのスタート。
そこに、沢山の人がより良いものにしようと一緒に考えて、悩んで、そして前に進もうとするステージに立った。

 

今いる仲間にココロから感謝して。
「いつも本当にありがとう。」
「側に居てくれて、ありがとう。」
ラブレターみたいだけど。

それくらい、大好きです。

 

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前田カオリコ

エッセイスト・話し方プロデューサー

1976年生まれ 新宿区在住
2児の母

新宿区発のママ*サークル「ブルーミング・マム」代表
新宿区子ども・子育て会議委員
2016年度 新宿子育てメッセ 実行委員長
昭和女子大学 社会人メンター
小学校英語指導者資格
『魅話力®』検定 作成中

 

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平凡も極めたら非凡になる

コンプレックスの1つに、自分は「普通」である。ということがあった。

そこに居るだけで、注目される人がいたり、珍しい運命を持っていたり、手相がスゴかったり、そういう人になろうと思ってもなれないことに対してのコンプレックス。

他人と比較することをしていたし、比較することでしか生じないコンプレックス。

ただただ、普通の人なのに、人前に出る仕事がしたい。そういう人になりたいと思ってしまった。

 

ふと、周りを見た。テレビを見た。

キレイな人だけがテレビに出ているのではないと。
この人は何で必要とされているのだろうか。と。

分析をしてみる。
必要とされるには、理由があるはずだと。

そして、私なりに理解したことは「普通」でいることにも一定のニーズがある。ということ。

 

「普通」であることを強みにすることで「普通」でいることに自信が付く。
すると面白いもので、「普通の人」であったとしても、ちゃんとオーラをまとう人になる。

「私は普通だからその他大勢のキャストの1人でいい。」と思っていたら、そのまま願った通りになっただろう。

私の場合「普通だけど、普通の人の代表になったら、1人として注目される。」を選んだ。

 

そして思う。

人前に出ることをしたかったのではなく、必要とされる人になりたかったのだと。

・アナタが居てくれたら安心する。
・一緒に仕事をするとイメージ通りになる。
・アナタといる空間で何かを生み出したい。

 

周りの人に必要とされ、よりよいものが生み出せるのならば、私はその役割を全うしよう。
よい商品が・ステージが・作品が出来るのであれば、私はそのために存在しよう。

 

それぞれのシーンで、自分の立ち位置を把握し提供する。

これはとても楽しくて、自分らしい生き方なんじゃないかと思っている。

母・妻・仕事を持つ女性として生きている。
どの顔も私なのだ。

 

時に、スイッチがバチリと切り替わるように。

時に、ゆるゆるとにじむような感じだったり。

 

なんだっていいのだ。
自分の軸があれば。 時々、折れて、時々、強くて、時々、しなやかに。

 

そして、何より自分をプロデュースすることが面白かったりして。
自分が自分を好きでいると、結構 何にでもなれると知ってからは
周りの人が輝き、イキイキして行く姿を見るのが楽しくて仕方なくなった。

だから、そういうプロデュースもするし、ますますやりたいことが溢れてくる。
人は成長しつづける生き物だからこそ、日々是楽。

 

さて
今日のたわごとも、なかなか私らしい戯け事。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

2015年10月カオリコ_8512

 

前田カオリコ

エッセイスト・話し方プロデューサー

1976年生まれ 新宿区在住
2児の母

新宿区発のママ*サークル「ブルーミング・マム」代表
新宿区子ども・子育て会議委員
2016年度 新宿子育てメッセ 実行委員長
昭和女子大学 社会人メンター
小学校英語指導者資格
『魅話力®』検定 作成中

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マニュアル・マニア

イベントのマニュアルを読むのが好きだ。
そのマニュアルには、現場の熱意・規模・精度が伝わると言っても過言ではないと思う。

マニュアルと現場のコミュニケーションの在り方で、その現場の空気が決る。

 

そもそもの始まりは、大学時代に経験したイベントコンパニオン。
もう20年前のことだ。(うぉ。光陰矢の如し)

さて、この仕事も奥が深かった。
同じ現場にいるのに、その現場がどのように動いているのかよく分からない。
全体を把握したくなって制作側の意図を見たり・聞いたりすると、やる気が違った。

イベントのプロジェクトが組まれ、試行錯誤があった上で、最終段階で私達は呼ばれることが多い。
その間のあーだこーだの部分が面白そうで、制作サイドに入りたかった時もあったが、結局は表舞台に立つことを選んだ。

だが、現場の動きを知っていると、表に居てもとても役に立つ。

私は特別美しい存在ではなかったが、それゆえ、自分の立ち位置を理解し・必要とされるにはどうすればいのかを模索していたのかも知れない。

いいモノを作りたい。一緒にチームで駆け抜けたい。演者は特別ではなく、チームの役割の1つ。その想いが、いい現場を作り・いい仕事につながるのだ。線引きをする必要が無くなった。

 

女の子は誤解し易い。
「可愛いだけ選ばれているのではないということ」
「キレイなだけでその仕事が降ってくるのではないということ」

そして、もしビジュアルだけで呼ばれたのならば、そこだけに価値がある時代に
多くのことを学んでおいて欲しい。

アラフォーになった今、若さへ嫉妬することはなく、その眩しいエネルギーがあるウチに素敵に成長出来るような応援がしたいと思うのだ。

 

 

立て続けに現場仕事のマニュアルが届き、なんだかそれがとても嬉しくて、今日のコラムになった。

マニュアルは読むのは簡単だけど、作成にはとても時間が掛かる。
方々に確認を取り、落とし込まれた1冊の想い。
だからこそ、自分勝手な判断は出来なくなる。

 

私は、私の仕事を全うする。
そして、plusアルファの仕事を目指して丁寧に走り抜ける。

イベントは終わった時の達成感がたまらない。
この麻薬的な魅力がなんとも現場を離れがたくするのだ。

 

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前田カオリコ

エッセイスト・話し方プロデューサー

1976年生まれ 新宿区在住
2児の母

新宿区発のママ*サークル「ブルーミング・マム」代表
新宿区子ども・子育て会議委員
2016年度 新宿子育てメッセ 実行委員長
昭和女子大学 社会人メンター
小学校英語指導者資格
『魅話力®』検定 作成中

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