枯渇・焦燥・虚無

時折、自分が空っぽになる時がある。

何も生み出せないとき。
何も感じないとき。
何も表現出来ないとき。

あぁ、なんてつまらない人間なんだろうと思う。

弱い自分が嫌いで、甘える自分もイヤで、
何でも自分で決めて、判断することを良しとしてきた。

気持ちに余裕がある時は、
甘える時があってもいい。弱くてもいい。人に委ねてもいい。と思えるのに。
時折、こういう自分が顔を出す。

自分の無力を目の当たりにし、突きつけられ、まだまだ足りないと。
そして、その力の大きさにおののきながらも、前に進もうとするのだ。

その繰り返しの中で、自己対峙しながら、奢る事なく身の丈を知る。

自己嫌悪に近い感情に溢れ、誰かを傷つけているような錯覚に陥り、他者を巻き込みそうになる。
本当は、自分の非力を知り苦しんでいるだけなのに。

思考が渦巻く。
ぐるぐると巡る感情を、書き綴ることで吐き出しバランスを取る。
それが、私のやり方。

ドロドロとした感情に目を背けるな。
それはどこから生まれてくるのだ。
自分のどの部分が疼くのか。
それは何故おこるのか。

自問の時間。自分との会話。
それはとても静かで激しい内省。

 

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前田カオリコ

エッセイスト・話し方プロデューサー

1976年生まれ 新宿区在住
2児の母

新宿区発のママ*サークル「ブルーミング・マム」代表
新宿区子ども・子育て会議委員
2016年度 新宿子育てメッセ 実行委員長
昭和女子大学 社会人メンター
小学校英語指導者資格
日本メンタルヘルス協会 公認心理カウンセラー
『魅話力®』検定 作成中


帰省について

新年を迎えました。2016年です。

1年を振り返るのは大晦日までと思っているので、新年はこれからの日々をイメージしたいと思いながら。

 

年末に小学校の同級生と会った。中学時代の友人とも会った。

私は信州で生まれで、18歳までずっとそこに居た。
18歳の夏にアメリカ留学をして、帰国後に大学で上京をした。

価値観のモノサシが拡がる前の友人達との再会。
信州の自然に触れながら、自分の原点を見た。

私はここで素地・基礎が育まれ、現在があるのだ。
新宿でなんとなく影響のあることをしたいと思っていたけれど、それがただの奢りでしかないということを突きつけられたような感覚になった。

 

それが、打ちのめされたとか、買い被りだとか、そういうものではなくて、自分の原点を知る事で、人は経験値によって変わること、向上心があることで成長すること、求めることで変化すること。を確認する作業だったと思う。

 

リセットする時間をもらったことで、私はやっぱりいつもまでも私らしく居たいんだと思った。
憧れる姿は、シャープ・エレガント・クール・ビューティー・などと挙げればキリがないけれど、自分にあるキュート・チャームさ・アホさ加減を味方にしなくちゃ。とも思ったりして。

 

とにかく、新年は明けた。

実家に帰ると全身の細胞が弛緩して、子どもに戻ってしまうことに抗えないことに、ちょっとの落胆を拭えずにいながら。

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前田カオリコ

エッセイスト・話し方プロデューサー

1976年生まれ 新宿区在住
2児の母

新宿区発のママ*サークル「ブルーミング・マム」代表
新宿区子ども・子育て会議委員
2016年度 新宿子育てメッセ 実行委員長
昭和女子大学 社会人メンター
小学校英語指導者資格
日本メンタルヘルス協会 公認心理カウンセラー
『魅話力®』検定 作成中

 


【無意識行動】母親に見ていて欲しい

少し前の出来事です。(長文です。)

息子(小1)の友達Aくんが、頻繁に遊びに来るようになりました。

息子とその子には
「大人が居ない時は、家で遊ばないようにね。」ということを伝えて、リビングで遊ばせていました。

自室で仕事をしていた私は、二人の声が届くことを確認しながら。

 

1ヶ月程して、息子の妖怪メダルの数が明らかに減っています。

「どうしたの?」

「知らない。」

すると今度は、夫が。

「ちょっとさ〜、尋常じゃない数がないんだけど。」と言ってきました。

(そもそも、私は妖怪メダルに興味がなく、何がなんだか分からないし、分かろうともしていません。そこに使うお金は夫担当。ママは生活費担当)

そう、50枚程 見当たらないというのです。

「あのさ〜、オレがどんな風に買ってきてるか分かってる? 映画でゲットしたり、歌メダルやレアメダルだって簡単に手に入ってるワケじゃないんだからさ。失くすにしても程があるよ。」

ふむ。
まぁ、確かにかなりの量が無いのが私にも分かる。

ということで、A君に確かめることにした。

息子に
「今度、A君に遊びに来てね。って伝えてくれる?」 とお願いしてから、それきり来なくなった。

困ったぞ。と、直接、A君のお母さんに電話してみると・・・。

「あ〜、そうだったんですね。本人に確認して持たせるようにします。最近、もらったとか、交換したって言って持っていたのは知っていたんですけど。」と。

翌日、母子でメダル持参でお詫びにきました。

「普段仕事をしていて、日中の子どもの動きを把握出来てなくて。」
「いつも誰の家にお邪魔しているのかも知らなくて。」
「誰にもらったかも聞いていなくて。」
「お姉ちゃんがいつも分かっているんですけどね。」
「毎回、数枚ずつ持って来ていたので、こんなに沢山あるとは思いませんでした。」

と話していました。

仕事をしているお母さんを責めるつもりはありません。

ただ、もしかしたらこの子はママに気付いて欲しかったのかなというのは、考え過ぎなのでしょうか。

ウチに遊びに来た時、元気な声で「おじゃましますっ。」「さようなら〜」と言うA君。

初めて来た時に教えてあげました。
「あのね、人のウチに入る時は、おうちの人に聞こえるように「お邪魔します。」って言うんだよ。」と。

すると、その通りに素直に行動していたのです。

 

小学校1年生なので、欲しいという気持ちを抑えられないこともあります。
責めるのではなく「自分がされたらどう思うか、想像してね。」とだけ、伝えました。

 

「また、いつでも遊びにおいでね。」そう伝えると、「うん。」と笑顔になったA君。

 

息子は、「もしまた持ってったらどうするの?」 と私に聞きました。

「その時は、また伝えなくちゃね。」と、私。

 

成長する過程で、あることだと思います。
その時に、どう対応するのか。その子の母親にはなれないけど、愛情で包み込むことで今回のことを受け止めてくれたらいいな。 そんな風に思っています。

 

 

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前田カオリコ

エッセイスト・話し方プロデューサー

1976年生まれ 新宿区在住
2児の母

新宿区発のママ*サークル「ブルーミング・マム」代表
新宿区子ども・子育て会議委員
2016年度 新宿子育てメッセ 実行委員長
昭和女子大学 社会人メンター
小学校英語指導者資格
日本メンタルヘルス協会 公認心理カウンセラー
『魅話力®』検定 作成中

 

 


スタイリストの存在

2年前から専属のヘア・スタイリストさんにお願いしている。

カオリコの内面を外面に引き出す仕事をしてくれている人。
それをミッションとして、毎回予想もしない角度からの提案をしてくれるのだ。

その技に、いつも感嘆の息が漏れる。

 

現状の私の姿と、ちょっと先をイメージした私の存在感を見事にヘアカットやカラーリングで表現してくれる。

この「ちょっと先」というのがとても重要で、その存在感に追いつくための努力を強いられることも自分の内面と向き合う作業になる。
そのお陰で、私は自分の在り方に自信を持ち、確固たる方向性を確認するのだ。
もともとチャレンジ精神が旺盛な私に、確かな技術(アジアのヘアカラーチャンピオン!)と遊び心に前を進む力を引き出してもらうことへの感動と感謝の気持ちを表現したいところだが、それを伝えたところできっとこの人は喜ばないだろう。

仕事・プライベートでの結果や充足感を、会う度に伝わるようにすることが恩返しなのだろうと思っている。

 

もちろん、浮き沈みはある。
ただその時も、現実から乖離(かいり)した提案をするのではなく、「カオリコが心地よく生きて行けるように。」というベースにあるバランスが絶妙なのだ。

 

プロにはプロの仕事がある。
どんなプロでも、自分に合うプロに出逢えることが、とても重要。

そして、絶対的な信頼を置けるスタイリストに出逢えたことに今日も感謝して。

 

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前田カオリコ

エッセイスト・話し方プロデューサー

1976年生まれ 新宿区在住
2児の母

新宿区発のママ*サークル「ブルーミング・マム」代表
新宿区子ども・子育て会議委員
2016年度 新宿子育てメッセ 実行委員長
昭和女子大学 社会人メンター
小学校英語指導者資格
日本メンタルヘルス協会 公認心理カウンセラー
『魅話力®』検定 作成中

 

 

 

 


【文字が与える印象】その表記はわざと?

「第一印象は大切」

と、自覚して意識している方は多いと思います。
ビジネス・恋愛・社会人として、あらゆるシーンで重要だと注目されていますよね。

SNSの浸透により、実際に会う前から相手の情報を得ることが容易(たやす)い今日(こんにち)では、日頃発信している文字(内容もさることながら)の印象をどうするか。ということにもちょっと意識を向けてもらえたらと常々思うのであります。

 

例えばFacebookの投稿で。

「こんにちわ。 今日は、○○ランチを食べてきました。」(素敵空間の画像付き)
「こんばんわ。 今夜は、△△ディナーを堪能!」(豪華料理の画像付き)

さて。
ここで、違和感を感じて欲しい。
少なくとも私は「ちょっと〜」って思うのです。

どんなに素敵なランチでも、美味しそうなディナーの画像が掲載されていても。
私はその画像に注目する前に「なんでこの表記?」と疑問を抱き、わざとなのか、そうでないのか、それともそういう人なのか。ということを頭の中で巡らせます。

かなり基礎的な部分なのですが、誤字表記の代表的なものとして
もしかしたら市民権を得てしまっているのではないかと憂いているこの表記。

そう、挨拶の一言「ひらがな」表記が間違っているですっ。

○こんにちは (正解)
×こんにちわ (ぶぶー)

○こんばんは (正解)
×こんばんわ (ぶぶー)

「こんにちは」「こんばんは」は
「今日はいいお天気ですね。」
「今晩は月明かりが綺麗ですね。」など、その後に続く言葉が省略されたもの。

ということは、おのずと「わ」ではなく「は」ということが分かります。

小学生の頃、「わたしわ、今日・・」と作文に書いたら、訂正されましたよね。
大人になっても「僕わ、美味しいランチを食べてきた。」と書いたら「えぇ?!」って思われますよね。

そういう助詞の働きがある「は」なんです。

もちろん、そんなことはどうでもいい。という方はそれでいいかも知れません。

ですが、このようにたった一文字だけで、与える印象を左右してしまう。ということをお伝えしたく今回は取り上げてみました。

その「は」か「わ」の違いだけで、目的とすることがきちんと届かないのではれば、もったいないと。

素敵なランチを紹介したかったのに。豪華料理を見せたかったのに。その目的を達成する前につまづいてしまうのは不本意でしたら。

なんとなく、心に留めていただけたら幸いです。

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前田カオリコ

エッセイスト・話し方プロデューサー

1976年生まれ 新宿区在住
2児の母

新宿区発のママ*サークル「ブルーミング・マム」代表
新宿区子ども・子育て会議委員
2016年度 新宿子育てメッセ 実行委員長
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