発達障害の自覚について

他の子と違う自覚は、もともと持っていたというよりも
それが当たり前すぎて意識すらしなかったように思う。

そういう振り返りをするけれど、
私は私自身が発達障害なのを知っているし、
言うなれば、家族全員がそうだったし、全員がそれを自覚している。

発達障害を持つことがマイナスではなく、
その個性に対して、どう受け止めて、どのように育てていくのか。
周りの大人が理解しているか、否かで成長過程で大いなる影響が生じる。

私の父親は破天荒な経営者だったし、その父を支える母も個性が強かった。
それでもお互いを認め合うことで、子どもたちを丸ごと受け止めて育てていた。

私は数字が苦手だし、原稿を読むのも苦手。
音読しながら想像するのが難しかった。

音読は苦手だったけれど、読書は好きだったし、
空想の世界にいつでも入り込めた。

むしろ子どもの頃に「平均という型にはまるな。」と言われて育てられたことは、
もともと「普通」だと思っていた自分にはプレッシャーだった。

世間で言う逆もあるのだということを、今更ながらに思う。
普通でないことに悩むのではなく、
私は「普通の子ども」であることに悩んだ。

目立つこともなければ、頭が飛び抜けて良いわけでも、
運動神経も抜群に良かったわけでもない。普通の女の子。

「普通から外れろ」ということに、自分はどんな個性があるのか
考えあぐねたこともある。

ただ言えることは、丸ごとその人を受け止めることなのだ。
自分ができることは、相手もできる。などと思わないこと。

そんなことも、中学校の時に担任の先生に呼び出されて注意されたりして。
まぁ、振り返ればいろいろと思うことがあるけれど。

今、中学生、高校生の母親をしているけれど。
この子たちの個性がどこにあって、どう受け止めて、どう支えていくのか。
将来、自分で考えて、選択していく力や自立していくことが最終目的なのだから。

巣立つ日というけれど。
親子の縁が切れるのではなく、自立していく頼もしい姿を。
親として見守っていけるようで在りたいと願う。

余談だけれど、苦手なことが多かったけれど、やりたい気持ちの方が強くて、
「アナウンサーになりたい。」という想いだけで、自分なりの努力を
してきたし、それがハンディだからと卑屈にもなってない。
なぜなら、それが私で、ただただアナウンサーになりたかったから。

なりたい職業があって、試験を受けるチャンスがあって、
その準備をする期間があった。

なれるか、なれないか、は自分がチャレンジする前から決めるものじゃない。
全国行脚で試験を受けて、受けて、受け続けた。
もちろん、何度も落ち続けた。
最終的に、テレビ局に拾ってもらった時は本当に嬉しかった。

そんなことを、また機会があったらお話したいと思います。

今日は、栗原類さんの母親の記事から触発されて。

前田カオリコ
魅話力®️アナウンサー
コミュニケーション・コンサルタント
登録商標 魅話力(みわりょく)

新宿区在住
2児の母

一般社団法人ブルーミング・マム 代表理事
ママ解放区®️プロジェクト 代表
株式会社リコラボ 代表取締役
1期・2期 新宿区子ども・子育て会議委員
2016/2017年度 新宿子育てメッセ 実行委員長

高校時代にロータリークラブの青少年交換留学生として1年間アメリカ・ミネソタ州に留学。
ヨーロッパ・アメリカ・カナダ・アジア各国の学生との交流により価値観の多様性に触れる。
子連れホームスティ・三世代ホームスティなどを経験。
「自分が大好きになる子育て」をテーマに子育てに関する講師としても活動。

【動画講座】
私らしく叶える自由で笑顔あるLifeStyle〜ブルマムアカデミー〜
http://licolabo.life/bma

【動画講座】
ママ解放区*チームコミュニケーション講座
https://bloomingmom.jp/team/

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