それは虐待なのか。

人生の岐路というのは、どこを指すのだろう。
就職するときも、結婚するときも、出産するときも。

きっと私は子どもの魂を持っていて。
どこか純粋さと無垢さと、見たくないものを無意識に避けていたように思う。

子どもの頃。
本当に幼い頃。未就学児の頃だ。

願い事が3つ叶うなら、何をお願いする?という話で。
私は、一つでいいと思ったのだけれど。言葉にしなかった。

「悪い人がこの世からいなくなればいいのに。」

そういうことを。
それでも必要悪があるとか、世の中何が良くて、何が悪いなんて決められないんだよ。
そんな話を耳にしながら。

悪い人というのは、人を傷つけたり、暴力を振るったりする人のことだと。
当時の自分を代弁するとそうなるのだろう。

心から。
世の中にある虐待がなくなればいいと願う。

石垣島の旅先。
朝食を食べていたホテルでの出来事が脳裏に焼き付いたままだ。

ビュッフェスタイルの広い会場。
4人家族が少し離れたところで食事をしていた。
体格のいい父親の隣に、メガネをかけた小4くらいの線の細い男の子。
正面には母親らしき女性と、男の子の妹らしい幼稚園年長さんくらいの女の子。

突然、父親が隣に座っていた男の子の顎を突いて。
何か言っている。声が聞こえない。

愛情のあるスキンシップじゃないと感じ。
私はフリーズして目が離せなくなっていた。

すると、また父親が男の子に何か話しかけ。
その返事が気に入らなかったのか。

父親が男の子のこめかみの部分を、グーで殴った。
一瞬のことだった。
男の子は目をパチクリとさせながらも、泣きもせず。
黙って父親の隣に座っていた。

母親も妹も。
目の前で何も起こっていないかのように。
言葉を発することなく。
表情を変えることなく。
そのまま食事を続けている。

それって。
常習化していることなの?
どうしてそのままで居られるの?

私は食事が続けられなくなった。
その男の子の線の細さ。
父親の身体の大きさ。
母親の上品でいて表情のない顔。
妹は、かろうじて兄の表情を伺いながらも。
触れてはいけない雰囲気に。

苦しくなった。
そして、何もできなかった。
どう声をかけたらいいのだろう。
その子を守れるのだろうか。

どういう背景があるのだろう。
親子関係なのだろうか。
いろいろと想いを巡らせているうちに。

父親が席を立って。
男の子は、斜め後ろからもわかるくらいに。
明らかに苦しそうに食べ物を頬張って。
それでも、飲み込んで。
父親の後を付いていった。

気のせいだったのかもしれない。
そう思いたかったのは束の間で。

その後、母親が席を立ち。
その少し後に、娘が後を追うように。

今のは、食事が終わったということなのか。
それから、その家族はテーブルには戻らなかった。

家族の在り方とは、一体なんなのだろう。
厳しさと愛情は。

その家庭によって違うであろうけれど。
理想論だと言われても。

笑い声のある食事や、
殴らないコミュニケーションであって欲しいと願う。

虐待とは。
表面化しないからこそ。
そこに潜んでいて。

難しいけれど。
私ができることを模索しながら。
発信しながら。

声を上げていくことで。
届いて欲しいと願う。

非力でも無力でも。
それでも言わずにはいられない。

前田カオリコ
フリーアナウンサー
コミュニケーション・コンサルタント
登録商標 魅話力(みわりょく)

新宿区在住
2児の母

一般社団法人ブルーミング・マム 代表理事
株式会社リコラボ 代表取締役
1期・2期 新宿区子ども・子育て会議委員
2016/2017年度 新宿子育てメッセ 実行委員長

高校時代にロータリークラブの青少年交換留学生として1年間アメリカ・ミネソタ州に留学。
ヨーロッパ・アメリカ・カナダ・アジア各国の学生との交流により価値観の多様性に触れる。
子連れホームスティ・三世代ホームスティなどを経験。
「自分が大好きになる子育て」をテーマに子育てに関する講師としても活動。

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